コラムニストで美術評論家の山田五郎さんが、2026年7月14日に原発不明がんのため67歳で亡くなりました。
闘病を公表してからも「今できることは今やる」と仕事を続けた五郎さんの姿には、多くのファンが胸を打たれています。
この記事では、五郎さんがいつ・何が原因で亡くなったのか、長年の盟友みうらじゅんさんとの関係、そしてORICON NEWSが伝えた『出没!アド街ック天国』次回ゲストへの反響まで、私が調べた事実を整理してお届けします。

山田五郎さんはいつ、何が原因で亡くなったのか
結論から言うと、五郎さんが亡くなったのは2026年7月14日、死因は原発不明がん(ステージⅣB)でした。
本名は武田正彦さん。
1958年12月5日、東京都渋谷区生まれで、その後大阪府豊中市で育ちました(出典:Wikipedia)。
上智大学文学部在学中にはオーストリア・ザルツブルク大学へ1年間遊学し、西洋美術史を学んでいます。
卒業後は講談社に入社し、雑誌『Hot-Dog PRESS』の編集長などを歴任。
2004年6月に講談社を退社してフリーとなり、以降は編集者・評論家・タレント・コラムニストとして、時計や西洋美術、街づくりなど幅広いジャンルで執筆・講演活動を続けてきました。
がんが判明したのは2024年10月4日のこと。
「原発不明がん」とは、体のどこかにがんが転移していることは分かっても、最初にがんが発生した部位(原発巣)が特定できないタイプのがんを指します。
ステージはすでにⅣ Bという進行した状態でした。
五郎さんはこの診断結果を、自身のYouTubeチャンネルで包み隠さず公表しています(出典:ライブドアニュース)。
抗がん剤治療を受けながらも、執筆活動やテレビ・YouTubeへの出演を最期まで続けたことが、多くの人の心を動かしています。
診断から死去まではおよそ1年9か月。
決して短くはない闘病期間を、五郎さんは「病人」としてではなく、あくまで「伝える人」として過ごし続けたことになります。
闘病生活の中で貫いた「今できることは今やる」という生き方
五郎さんは『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)に1998年から28年近く、実に1,400回以上にわたってコメンテーターとして出演してきました。
最後の収録は、亡くなる6日前。
その様子は2026年8月8日放送分としてオンエアされ、これが五郎さんにとって最後の「アド街」出演となりました。
番組側も追悼コメントで「最期の収録は、亡くなる6日前。最後に言った言葉を、私たちは忘れる事はない」と振り返っています。
さらに五郎さんは、公式YouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」(2021年開設、当時で運営5年半)にも、命を削るようにして最後の講義を遺しました。
2026年7月31日、亡くなる5〜6日前に収録されたという約25分の動画『【メメント・モリ】山田五郎、最後の授業。伝えたい言葉。【皆様へのメッセージ】』が公開されたのです(出典:denfaminicogamer)。
映像には鼻に医療用チューブをつけた五郎さんの姿が映っており、テーマは「メメント・モリ(死を忘れるな)」。
ハンス・ホルバインの『死の舞踏』、英一蝶とされる『小野小町九相図』、セザンヌ『髑髏のピラミッド』、ゴッホ『開かれた聖書の静物画』など、56点もの図版を使いながら、死と向き合ってきた美術史をじっくりと語りました。

収録時、体調のつらさを見かねたスタッフから「休んでもいいのでは」と尋ねられた五郎さんは、こう答えたといいます。
「それは、メメント・モリの対句である『カルペ・ディエム』(今日の花を摘め)だよ。今摘まなきゃ、あしたは無理だ。今できることは今やる」
動画の締めくくりでは、5年半チャンネルを見守ってくれた視聴者への感謝を述べ、「世の中、本当お金じゃねえよ」という言葉も残しています。
亡くなる直前まで、自分の知識と経験を誰かに手渡そうとし続けたその姿勢こそ、五郎さんという人を象徴していると私は感じます。
実際の最後の授業の映像は、以下から視聴できます。
亡くなる5日前には、「もう死ぬよ」と自ら語る告白動画も公開されていたことが報じられています(出典:ライブドアニュース)。
深刻な響きの言葉ですが、これは悲観や恐怖からではなく、死を自然な区切りとして受け止めていた五郎さんらしい、飾らない伝え方だったように私には感じられます。
美術評論家・コラムニストとしての足跡
五郎さんは西洋美術と機械式時計、この2つを軸に幅広い執筆活動を行ってきました。
代表的な著書には、『知識ゼロからの西洋絵画入門』シリーズ、全10巻の大作『闇の西洋絵画史』、ユーモラスなタイトルが印象的な『ヘンタイ美術館』『へんな西洋絵画』などがあります。
時計分野では、唯一の時計専門書となる『機械式時計大全』(講談社選書メチエ)を著し、その該博な知識を惜しみなく披露していました。
テレビでは「アド街」のほか、美術館や博物館を巡る『ぶらぶら美術・博物館』(BS日テレ)や、『タモリ倶楽部』のコメンテーターとしても長年親しまれてきた人物です。
「難しい話を、誰にでも分かる言葉でおもしろく語れる人」という評判は、これらの番組や著書を通じて多くの人の記憶に刻まれています。
みうらじゅんさんとの40年近い盟友関係
五郎さんの訃報を受けて、真っ先に胸を痛めたであろう人物の一人が、みうらじゅんさんです。
みうらじゅんさんは追悼メッセージの中で、「さよなら親友」という短くも重い言葉を五郎さんに送りました。
2人は美術やサブカルチャーなど、あらゆるジャンルを横断して語り合う名コンビとして、長年テレビ・ラジオの世界で共演を重ねてきました。
代表的な共演番組には、MONDO21の「みうらじゅん&山田五郎の男同志」があります。
社会の表と裏にあるさまざまな事象を、2人が忌憚なく語り尽くすというコンセプトの番組でした。
2011年8月からはその後継番組「みうらじゅん&山田五郎の親爺同志」もスタート。
格言やことわざに独自の定義・解釈をつけていく「親爺苑」というコーナーなど、2人ならではの緩さと知性が同居した企画で人気を集めました。
さらに近年では、2025年6月からTBSラジオで「みうら五郎」(毎週日曜23時30分)という番組を持ち、日曜の夜を2人の掛け合いで彩っていました。
同番組はradikoのほかApple Podcast・Amazon Musicでも配信されており、ラジオを聴かない世代のファンにも届く形で親交の様子が届けられていました。
しかしこの番組も、五郎さんの訃報を受けて7月26日放送分が最終回となることが決まっています(出典:ORICON NEWS)。
後番組は現時点で未定とされており、長年続いた2人のコンビ番組が一つの区切りを迎えることになります。
「アド街」次回ゲストにみうらじゅんさん、視聴者の反響

そんな中、テレビ東京『出没!アド街ック天国』の8月22日放送(21時〜)で、東京・高円寺の阿波おどり特集回にみうらじゅんさんがゲスト出演することが発表されました。
同回にはみうらじゅんさんのほか、堀田真由さん、三四郎の小宮浩信さんも出演します(出典:テレビ東京公式番組情報)。
五郎さんを長年の相方役として知る視聴者にとって、みうらじゅんさんの登場は特別な意味を持ちます。
この発表を受けて、SNSやニュースのコメント欄には次のような声が寄せられました。
「泣けてきます」
「レギュラーにして欲しいわ」
これは冒頭でも触れたORICON NEWSが報じた反響で、五郎さんを失った悲しみと、みうらじゅんさんへの温かい期待の両方が入り混じった反応と言えるでしょう。
実は8月8日放送、つまり五郎さん最後の出演回の際にも、「やっぱりさみしい」「いないんだ…」といった悲しみの声がすでに広がっていました。
それだけ五郎さんの不在は、番組にとっても視聴者にとっても大きなものだったということです。
考察:山田五郎さんが遺したもの
ここからは私自身の見方になりますが、今回の一連の報道を見ていて強く感じるのは、「知識を伝えること」への執念です。
体調が万全でない中でも収録に臨み続けた「アド街」出演、そして命の期限を悟った上でなお美術史の講義を撮り続けた最後のYouTube動画。
どちらも、五郎さんが単なるタレントやコメンテーターではなく、生涯「伝える人」であり続けたことを物語っていると思います。
みうらじゅんさんが「アド街」に登場することについても、単なる後任探しや話題作りとして見るべきではないと個人的には考えます。
長年の盟友だからこそ語れる五郎さんの思い出やエピソードが、番組を通じて視聴者にも共有される機会になるはずです。
視聴者から「レギュラーにして欲しい」という声が上がるのも、五郎さんが築いてきた「アド街」という場所に、みうらじゅんさんなら違和感なく寄り添えると感じられているからではないでしょうか。
今後、テレビ東京や関係者から追悼特番や関連企画が組まれる可能性も十分に考えられます。
また、『機械式時計大全』や『闇の西洋絵画史』シリーズといった著書、そして『ぶらぶら美術・博物館』『タモリ倶楽部』での軽妙な語り口も、五郎さんが遺した大きな財産です。
小難しく思われがちな西洋美術や機械式時計の世界を、これほど親しみやすく世に広めた人物はそう多くありません。
「知識をひけらかす」のではなく「知識を面白がってもらう」という姿勢は、今の情報過多な時代だからこそ、あらためて価値を増しているようにも私には思えます。
各メディアが五郎さんの訃報を、「西洋美術の魅力を紹介した人」として伝えていたことも印象的でした(出典:Wikipedia)。まさにこの一言に、五郎さんが社会に残した役割が集約されているように感じます。
専門家として上から解説するのではなく、あくまで“ファン目線”で美術や時計の面白さを分かち合う。
その距離の近さこそが、テレビの向こうの視聴者にも、YouTubeの向こうの視聴者にも、長く愛され続けた理由だったのではないでしょうか。
続報があれば、私も改めてこのブログで詳しくお伝えしていきたいと思います。
まとめ
山田五郎さんは2026年7月14日、原発不明がん(ステージⅣB)のため67歳で亡くなりました。
2024年10月の診断公表後も、「アド街」出演やYouTube「最後の授業」など、最期まで仕事を続けた姿が多くの人の心を打っています。
長年の盟友みうらじゅんさんは追悼メッセージで「さよなら親友」と語り、8月22日放送の「アド街」にゲスト出演することが決定、視聴者からは温かい反響が寄せられました。
美術やサブカルチャーへの深い愛情と、最後まで「伝える」ことをやめなかったその生き方は、これからも多くの人の記憶に残り続けるはずです。
改めて、山田五郎さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
よくある質問
Q. 山田五郎さんはいつ亡くなりましたか?
2026年7月14日に67歳で亡くなりました。
Q. 山田五郎さんの死因は何ですか?
原発不明がん(ステージⅣB)です。2024年10月4日に診断を公表し、抗がん剤治療を続けながら仕事を続けていました。
Q. 山田五郎さんとみうらじゅんさんはどんな関係でしたか?
「みうらじゅん&山田五郎の男同志」「親爺同志」、TBSラジオ「みうら五郎」など、長年にわたり数々の番組で共演してきた盟友です。みうらじゅんさんは追悼メッセージで「さよなら親友」と述べています。
Q. 「出没!アド街ック天国」に山田五郎さんはどれくらい出演していましたか?
1998年から28年近くにわたり、1,400回以上コメンテーターとして出演を続けてきました。最後の収録は亡くなる6日前で、2026年8月8日放送分が最後の出演回となりました。
Q. 山田五郎さんはどんな著書を残していますか?
『知識ゼロからの西洋絵画入門』シリーズ、全10巻の『闇の西洋絵画史』、時計専門書『機械式時計大全』、『ヘンタイ美術館』『へんな西洋絵画』など、西洋美術と機械式時計を軸にした著書を数多く残しています。



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